自己愛性人格障害の彼とともに達成感を味わうことはできない

こんばんは♡

今日は、自己愛性人格障害の人は

本当に満足することはあるのか

ということについてお話ししたいと

思います。

 

 

自己愛性人格障害の人は、

相手よりも自分のほうが上だと思うことに

異常に執着しています。

 

 

自分よりも相手のほうが

上だということが我慢できないのです。

 

だから、人にものを教えるのは

好きなのではないかと思います。

 

Tiaraには子供がいますが、

この子供たちとの関係は

とても良好でした。

 

たまに彼のほうが、

子供たちをバカにすることもあったのですが

子供なので

彼よりもあらゆることが

できなくて当たり前です。

 

だからあまり腹も立たず、

子供たちもいろんなことを

教えてくれる良いお兄ちゃんという感じで

彼のことをとても慕っていました。

 

彼が教えることも多く

二人とも彼の趣味に

かなり影響されていきました。

 

自己愛性人格障害の人にとって

教える、という行為自体は

その症状に

とてもよくあっていたのかも

しれません。

 

 

他人よりも尊大な自分の存在感に

満足するために

いつも自分の魅力を

見せつけています。

 

それを素直にすごいと言って

称賛してくれる存在は

自己愛性人格障害の人にとって

なくてはならない存在でしょう。

 

でも、いざ、

その自分よりも下の存在が

ある日、彼を超える日が来たら

どうなるのでしょう。

 

そんなことを考えたら

少し怖くなりました。

 

相談者の方の中には

彼が、習い事の師匠だったり、

同じ習い事で知り合った、という方が

見えるのですが、

やはり被害者の方が

実力をつけてきて

師匠に見てもらいたいと披露すると

途端に機嫌を悪くしたり

ののしられたりしたそうです。

 

自己愛性人格障害の師匠に

結果を喜んでもらうことは

不可能なのです。

 

嫉妬というよりは

人の成功を素直に認めることは

できないのです。

 

そこには

彼のプライドと呼べるほどの

簡単なものだけでなく

もっと全力でつぶしたくなるような

壮絶な恐怖を抱いていたのかもしれません。

 

自己愛性人格障害の人の

上を行くのは

とても危険です。

 

 

自己愛性人格障害の人の前では

あなたの才能は

見せてはいけません。

 

全力でつぶしにかかりますので

本当に恐ろしいことになります。

 

被害者の人はそんなつもりもないのに

自分が被害者に潰されてしまうという

恐怖を抱いてしまうのです。

 

 

自己愛性人格障害の人の前では

一緒に成長して

共に喜び合うということはできないのです。

 

ただただ、彼を称賛し崇めていれば

満足がいくのかというと

そうでもありません。

それはそれで

自分の怒りを

全部ぶつけてもいい存在に

なってしまうのです。

 

そう考えると、

自己愛性人格障害の人にとって

恋人とは

長続きしないものになってしまいます。

 

 

自己愛性人格障害の人にとって

永遠の愛はないのでしょうか。

 

確かに普通の人でも

永遠にずっと仲良く、というのは

なかなか難しいでしょう。

 

 

それでも、けんかをしながらでも

お互いのことを思いやりながら

時にはけんかをして

そして何年もたって分かりあえるような

関係になりいつか、

安定した関係が築けるようになるでしょう。

 

 

でもそれが、

相手が自己愛性人格障害だった場合は

そうなれないのです。

 

いつか激化して今までの関係も

すべてダメにしてしまうような

激化がおこり

近づくことさえ

できなくなってしまうのです。

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