自己愛性人格障害のひとにとっての幸せ

こんにちは♡

今日は、

自己愛性人格障害の人にとっての

幸せとは何なのかについて

お話ししたいと思います。

自己愛性人格障害の

ターゲットにならない限り、

自己愛性人格障害のひとのことを

いい人だと思っているひとは

たくさんいると思います。

そもそも自己愛性人格障害とは

極度に臆病なのですが、

普段はそうはみえません。

そもそもあまりにも

自分に自信がないために

それが世間のひとに知られることを

極端に恐れています。

それはふだんはそうは見えませんが

自分には生きる価値がないと

思っていて

それが世間のひとに知れると

バッシングを受けると

思い込んでいるので

周りのひとは

そんな風に思っていなくても

勝手に威嚇して

自分が攻撃されないように

必死なのです。

そして、自分が価値のない人間だと

ばれないように

尊大な自分を演じ続けて

周りのひとに、尊敬の眼差しで

眺められると、

気分が高揚して満足します。

ですが、心の奥底では

病的なほどに、自尊心が低いので

その気持ちも長くは続きません。

そして、次の瞬間にはまたすぐに

自分は尊敬される人物だと

確認しないと耐えられないのですが、

自分では自分の価値が

分からないため、

他人の目を鏡のように写し出して

自分の価値を確かめます。

それが、尊大で立派な行為を

演じ続けて、その

自分に対する周りの眼差しが、

尊敬して崇められているのか、

もしくは

周りのひとの惨めな状態を確認して、

自分の方が上だと確認するのかは、

そのときの状況によって変わります。

とにかく周りのひとの自分に対する

目線を気にし続けているのです。

自己愛性人格障害とは

急になるものではないので、

幼い頃からずっと

同じ事をしています。

だから、その生き方が

癖のようになっていて

常に尊大で立派な人を演じ続けながら

だれか、特定な人物を罵り、

あいつはダメだと言うことを

やめられないのです。

自己愛性人格障害の人のことが

恐い人や、

彼に罵られたくない人が

ご機嫌をとったり、

彼側について

取り巻きになるひともいます。

尊大な彼に魅力を感じる人や

憧れるひともいて、

自己愛性人格障害のひとは

どんどん上に上がっていくのです。

そうなると、

自己愛性人格障害のひとは

ただでさえ、自責の念が持てず

自覚することができないのですが、

ますます自分が正しいと思い込み、

症状はどんどんひどくなります。

ひどくなると、

本人が苦しむというよりは

周りの人が痛め付けられる

頻度も強さも増していくので、

自己愛性人格障害の被害者の方が

どんどん病んでいってしまいます。

被害者の方がとても

苦しい思いをするのです。

被害者がひどい思いをすればするほど

自己愛性人格障害のひとは

高揚していきますので、

攻撃がどんどん強くなっていきます。

他人を潰して苦しむ姿を見ることと、

尊大な自分をまわりのひとが

あごがれのまなざしで見ることが

自己愛性人格障害のひとの

幸せであり、

そしてどんどん症状はひどくなり

自分も

心が破壊されていくのです。

自己愛性人格障害の被害者は

あなたが気づいた時点で

彼から離れなければなりません。

もしかしたら、

それはあなたにとって

とても辛いものになるかも

しれませんが、

自己愛性人格障害という病気を

本当に理解したときに

あなたは離れてよかったと

むねをなでおろすことが

できるでしょう。

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